2020年9月25日金曜日

本の文脈は果てしない

結局のところ、書くことしか能がない。 というのが68歳にして、人生初入院〈8月25日~9月9日〉をしたときの気づきでした。ならば、日々のフェイスブックでの情報発信に加えて、まとまったものを書いていきたい。

書くことと本を出すことはちがう行為です。58歳で電通を早期退職してから6冊の本と関わってきました。本の出し方は分かりました。つまりそのハードルと跳び越え方も。ひとり出版には時間が掛かることも事実なのです。

まずは、田中文脈研究所に回帰することにしましょう。僕のベース基地でありストックヤード。

かつては月一更新を遵守していたこともあったのだけど……。しかしながら、縛りはやめます。精神力は年を取らなくても体力は確実に落ちていく。それも入院でのラーニングでした。

書くという行為は、キーボードを移動する指たちの運動量だけではありません。確かな身体能力を要求されるものです。衰えていく体力を使って書いたものは、然るべき場所に納めていくことにしました。

以下はNPO法人「本の学校」生涯読書をすすめる会の機関紙「Book&Life」第42号に寄稿した拙文です。お題は「特集・紙上トークⅡ!私のおすすめの一冊」。発行は2020年6月25日。

「本の学校」は鳥取県米子市をベースにしたNPOであり、今井書店のリアル本屋にして研修施設です。

『はてしない物語』

(ミヒャエル・エンデ/上田真而子・佐藤真理子訳/岩波書店/1982年)

『はてしない物語(上下)』(岩波少年文庫/2000年)

 田中文夫(田中文脈研究所・コンテキスター)


その国、ファンタージエンは「虚無」に覆われようとしていた。2020年、COVID-19という名の感染症が蔓延した地球国と同じように。

ファンタージエンを救ったのは「新しい名前」をもたらした人間の子供だった。「バスチアン・バルタザール・ブックス」。Bookという名を包含した少年。

少年がファンタージエンにエントリーするための入口は「あかがね色の絹で装丁された1冊の本」だった。扉にはお互いの尾を噛む二尾の蛇がからみあっていた。


「はてしない物語」はバスチアンと「緑の肌族」の少年、アトレーユを盟友にする。アトレーユはバスチアンを導き、本の中のファンタージエンに招き入れた。読者は登場人物となった。そして幼い女王に「月の子(モンデンキント)」という名前を与える。名前という言葉が世界を救った。

「虚無」は消え去った。だが、ファンタージエンで虚無に呑み込まれた人々は帰らない。彼らは地球国で転生して「虚偽(いつわり)」となった。人々の欲望を刺激する「虚偽(いつわり)」は伝染力を持って地球国を支配するという。COVID-19は「虚偽(いつわり)」の感染症だ。ウィルスを持っているのに症状が出ない。この厄介な現象はファンタージエンの「虚無」によって生じたのかもしれない。というような妄想を抱いてしまいそうだ。

「虚無」が身を変えた「虚偽(いつわり)」にまみれた政治家が支配する列島の国がある。その不幸は「別の物語、いつかまた別のときにはなすことにしよう」。

岩波少年文庫版では、バスチアンがファンタージエンに入った先の物語は下巻となる。エンデの意思によりドイツ語原書そっくりにつくられた「あかがね色装丁本」では現実世界の赤文字は消えて緑文字ばかりになっていく。

バスチアンは自分の言葉により新たな国をつくりだす。彷徨していく。女王から全権を委任されたと思い込んだ地球国の少年は、物語の国の独裁者になりつつあった。言葉に酔ったのだ。権力は権力にすり寄る者を生む。へつらいの言葉が権力を増長させ分断を促す。バスチアンは盟友を疑い、アトレーユの胸に剣を刺した。

言葉は国を救うこともあれば人を惑わすこともある。本は言葉の塊だ。人は本によって真実の自分を発見する。そこには人それぞれのネバーエンディングストーリーがあるはずだ。

BookはLifeを支える。「本の学校」はBookLifeの砦である。その入口にある地域のブランドショップ〝SHIMATORI〟のレジカウンターには「あかがね色の絹で装丁された本」があった。

2019年8月27日撮影

この冊子の表紙には「心をつなぐ本の力」という趣旨説明文が掲載されていました。

好評だった前号に続き、“私のおすすめの1冊”第2弾をお届けします。新型コロナ禍によるきびしい自粛生活の中で、今、読書をする人がふえているようです。このような時だからこそ、読んだ本について伝えあい勧めあって、離れていても心はしっかりつながっていたいという思いで企画しました。私たちの呼びかけに応えて、各方面から多くの方々が原稿を寄せてくださいました。深くお礼申し上げます。本号を手に取ってくださる皆様と本を介した“新しい形の交流”が生まれることを願っています。ぜひご意見・ご感想などをお寄せください。

「本の学校」生涯読書をすすめる会 代表 足立茂美

“新しい(本の)形の交流”は確かに生まれている気がします。

たとえば、上田京子さん(春月会代表)のおすすめは圧巻の二作品。どちらもCOVID-19が蔓延する世界に深い示唆を与えてくれるものです。


『銃・病原菌・鉄』上下巻(ジャレド・ダイアモンド/草思社/2000年)

『鹿の王』上下巻(上橋菜穂子/角川書店/2015年)


二作品ともタイトルは知っていましたが、読んだことはなかったのです。どちらも大部の本。まず『鹿の王』を一気読みしました。ファンタジーというのは子供でも大人でも読者を選びません。物語の力に引き込まれていくのは気持ちのいいことでした。

「(そうだ。……あの男はもう独角(どっかく)じゃない」
〈おわり〉の近くに置かれた言葉はイントロに掲げられた「我が槍は光る枝角、恐れを知らぬ不羈の角」に対峙していました。ひとりではなくなること。物語の最後に家族を得ること。病原菌を引き連れて前に進むこと。

それから『銃・病原菌・鉄』にチャレンジ。こちらは物語とはちがって読むのに時間がかかりました。なにしろ「1万3000年にわたる人類史の謎」を記述しているのですから。
「1万3000年にわたる人類史を400頁(原書)でカバーしようとすれば、1頁あたりに各大陸ののべ150年分の歴史を詰め込む計算になる」と著者自身が述べています。

こちらは、箕面図書館で単行本を借りたのですが、思い直して電子版で熟読しました。ハイライトとメモだらけになります。

ウイルスとは何者なのか? 人類史とともにあり、人に近い動物のそばにいたもの。
ウイルスはどこから来てどこへ行くのか? 人の細胞から来て、次の人の細胞に行くもの。
ウイルスは何を問うているのか? 何も問うてはいない。彼らの目的は自己増殖のみ。

「ウイルス考」はまた別の話にしましょう。この半年間で見聞したことはコンテキスターとして、いつかは書いてみたいと思っています。

ちなみに上田京子さんの文章は、以下のように始まっています。
新型コロナウイルスが世界的に猛威をふるい、感染予防のため制限されていた日常生活が元にもどりつつある。しかし先は長いと思われる。
日本の行政トップの指導力はともあれ、私達の鳥取県は医療・産業・文化政策面でみても、日本で最も安全な地域の一つだと実感している。
2020年9月25日現在、日本の感染者数は8万713人。死者は1537人。
鳥取県の感染者数は36人。死者は0人。

COVID-19と向き合うためには、社会的、経済的、文化的、政治的に全方位を見ることが必要なのでしょう。
「Book&Life」はA4版わずか29頁の小冊子。それでも、ここには本を推進エンジンにした鳥取県(米子市)の全方位的市民力が確かに結集していました。

「本の学校」の源流にいたのが、今井書店グループを長い間、牽引していた永井伸和さん。もちろん、この冊子にも投稿されています。


永井伸和さんの原稿に触発されて読んだのが『品格なくして地域なし』(晶文社)。
アンソロジーのうち、津野海太郎の〈「本の学校」に失われた私塾の伝統を見た~米子・今井書店の百二十年〉が素晴らしい。僕が断片的に知っていたことに一本、筋が通りました。
COVID-19により、なかなか米子まで足が延びなくなっていますが、永井伸和さんと親しくおつきあいさせていただいていることを誇りに思います。


いやはや、まったくもって、本の文脈は果てしないのです。

2020年1月31日撮影(米子にて)