2012年4月30日月曜日

文脈日記(南相馬エクソダスなう)


福島県南相馬市、万葉ふれあいセンター。2012年3月31日。
「みんな共和国」が開催されている会場の受付では、レゲエミュージックが流れ続けていた。
どうやら子供たちの世話役の中にボブ・マーリーのファンがいるらしい。

EXODUS
Exodus, all right! Oo-oo-ooh! Oo-ooh!
Movement of Jah people! Oh, yeah!
 Exodus, エクソダス、脱出するねん!わしら動くねん!」

ボブ・マーリーは唄い続ける。レゲエのリズムに乗って会場には子供たちが増えてくる。
そこに協創LLPのメンバーもいた。深夜バスで大阪からたこ焼き道具を担いできた「笑顔のまさやん」、東近江の縁脈女王「つっつん」、そして我らが協創LLP代表、「ボブ基風」。

ボブ・マーリーが満ちている空間でボブが同志たちのニックネームを登録する。


 EXSODUS
So we gonna walk - all right! - through de roads of creation:
 「わしら、歩き始めなね、そやねん、創造力でいてこましたるねん」

ちなみに「いてこます」とは大阪弁で「完遂する」という意味です、いい意味で。

南相馬のクソッタレな状況からエクソダス!脱出するために、最前線の皆さんは何を考えてどう行動しているのだろうか。
それを勉強するために僕は、また仙台空港に飛んだ。

きっかけは南相馬志縁の鬼、「東北コミュニティの未来・志縁プロジェクト」の中山ヒロちゃんだった。
春休みの南相馬で開催される「みんな共和国」に大阪からも参加しませんか、という招待が届いた。

 226に大阪で開催した「復興から見えるあなたの未来~愛の反対は無関心である」イベントに長駆、参加してくれたヒロちゃんに応えるべく、まず飛び出したのは「笑顔のまさやん」だった。

タコヤキストは行きまっせ、たこ焼き、南相馬の子供たちのために焼きまっせ、と言われたらコンテキスターとしては後に続かざるを得ない。

東松島は見てきたが、南相馬には「フクシマ」という異なる文脈がある。
「百の論よりひとつの現場」主義の僕としては行かないと発言ができない。しかも僕は311以来、フクシマ情報をキュレーションしてきている。

では行きます、とカミングアウトしたらヒロちゃんが追い打ちをかけてきた(笑w)。
それでは、「みんな共和国おとな大学」で大阪チームもプレゼンをして対話集会をしませんか、と。

最前線との対話? とんでもなく役不足な気もしたが僕は僕の現場をしゃべるしかない。

その対話集会の内容は「東北コミュニテイの未来・志縁プロジェクト」の活動レポート【047】を参考にしていただきたい。
僕のプレゼンパワポもリンクがあります。さらにはプレゼン映像のYOUTUBEまで・・・。

正直な話、僕の話がどこまで最前線の人たちに届いたのかは自信がない。
カシコのふりをしていても僕はアホなので、一方的に理念をしゃべり、最前線とはレイヤーが違った気が今でもしている。むしろアホのふりをしたカシコ、まさやんのリアリティある話の方がインパクトはあったのだろう。

アホとカシコ、この2軸対立を止揚するのは難しい、などとカシコ用語をまた使ってみる。
だが、まずアホが飛び出してくれないとカシコは動かない。これは歴然とした事実だ。


226イベントでの宿題になっていた「協創ガバナンス」とは? に対する回答もカシコ的理念的に言うならば以下のようになる。


これを理念ではなく現場的に言うならば「今、僕が、ここ南相馬にいること」が協創ガバナンスの成果だと思う、と僕は自分のプレゼンを締めくくった。

ヒロちゃんのご招待に、まずトップランナーのタコヤキスト笑顔のまさやんが飛び出した。まさやんが行くなら、と信頼資本財団の英ちゃんが時間をやりくりして南相馬でプレゼンしてくれる。

そしてタコヤキストとコンテキスターが行くなら住民代理店も行かねば、と盟友ボブが手を上げてくれたときは本当に心強かった。
さらに東近江から岐阜まで行ったら福島駅までの夜行バスに空きがあってしもた、と残念そうに(笑w)言いながら現れたプリンセス、つっつんの顔を見たときも癒やされた。

協創ガバナンスの神髄はサティシュ・クマールの「君あり、故に我あり」なのだ、と言ったら、すかさず「君たちがいて僕がいるう~」とよしもとのチャーリー浜で切り返してくるアホカシコ仲間がいると楽しいですね。
楽しいことは正しいことなのだ。楽なことではないけれど。

協創ガバナンスを表現しているつもりのパフォーマンスがどこまで南相馬の眉毛が太くて骨太の男達に受け入れられたのかは分からない、と自信をもって言おう。

だがLLP=「るるぷう」サインを指導するボブ代表に笑顔を見せてくれたことは苦笑いでも嬉しい。本当に東北の人たちってやさしいのです。


さて、そろそろ自分視線の話からまなざしを変えて、今回の東北行きを時系列で書きとめておきたい。まなざしの基準は日常性だ。311から一年以上経過して南相馬でも亘理でも東松島でも石巻でも日常性が維持されているのは間違いない。それぞれの文脈は違うが。

被災地の日常性を非被災地にいる僕たちが日々の生活の中で自分ゴトとして想像し続けることがなによりも大切なのである。

想像力が復興をリードするのだ。

このへんでお断りをしておきたいのだが、今回のエントリーは長文になります。
書く方も大変だが、読む方も大変だ。ゴールデン・ウィーク中の時間があるときにどうぞよろしくお願いします。一休みしつつ。


3月30日、仙台空港でボブと合流した僕はまず亘理(わたり)に向かう。
先月、マイファームのしあわせ黄色プロジェクトを探してさまよった浜吉田に再び菜の花を探しに行った。
残念ながらやはり今も緑はかけらもない、塩害にさらされた土地が延々と拡がるだけだ。ここが菜種を蒔いた場所だと思われるのだが。


しかし今回は「亘理いちごっこ」と縁脈を繋いでいた。代表の馬場照子さんと話しこんでいるうちに亘理の農に詳しいやっちゃんが現れた。彼女のご好意に甘えて僕たちは荒浜のガレキや農地の現状を案内してもらう。


やっちゃんの言葉がずしんと響いてくる。ふつうのおばはんやおっさんが被災地での重たい経験を経て、どんどん思考を深めているのが分かってくる。そういう意味では被災地と非被災地の格差はどんどん開いているのだ。

行政は浜からの距離で勝手に居住禁止区域を線引きしようとしている。私の家はその区域内だ。一直線に線引きされたほんの少し中だ。線引きの理由を尋ねると行政はシミュレーションとしか言わない。やっと高速道路の高架に避難するための階段をつけてくれたのだが、それは海側ではなく山側だった。また津波が来たときに避難する者の立場を考えたらあの階段はありえない。彼らには想像力がない。私は今、仮設に住んでいるが、昨日ボランティアさんにお風呂を貸してあげた。でも考えてみると狭い仮設に住んでいる私たちがお風呂を貸すよりも被災しなかった家に住んでいる人たちがお風呂に入れてあげるほうが快適なはずなのに。そのあたりの意識の差ができてますね。うちは農業関係者なので、塩害についてはいろいろ調べている。サツマイモのいろいろな品種を植えて除塩効果を調べている。やっぱりまだ塩辛い。ひとつ持って帰ってください。メガソーラーの話もあるけど、うちは農家だから。菜種を11月に蒔いたプロジェクトのことは知っている。確かに芽は出たみたい。でも全部、山からの風で吹き飛ばされたみたい。この辺で農業をするなら強風対策をしないと無理。確かにあの菜種の話は話題になりました。失敗したとは言いたくない。失敗したというと人が来なくなるから。とにかくここに人が来てほしい。耕作放棄地にしてなるものか、という人もいるけど、用水路も未整備で田んぼの水の流れも確保できない現状を見ていると私はときどき、自分に耕作放棄したらダメですか、と言ってみる。がんばりたくはないけど、負けたくもないという気持ちでやっているんだけど。あと気になるのは放射能。気になるけど測れない。もし測って放射能があったらみんなに迷惑をかけるから。

これが、福島第一原発から70キロの距離にある亘理町の文脈だ。
僕はやっちゃんの自宅にある畑で待望の菜の花を見た。今頃はあそこの畑で黄色い花が満開だろう。


70キロから30キロまで距離を詰めていく。
南相馬市鹿島区万葉ふれあいセンター。「みんな共和国」会場到着。
まずは南相馬の語り部、高村美春さんに会う。中山ヒロちゃんは昨年の3月、避難所で彼女に会ったことが東北志縁のきっかけになったと言う。

フクシマのカタリベはチェルノブイリに行った。
「おとな大学 市民が見たチェルノブイリ」、その報告会に30日夜は参加する。


カタリベは自分の25年後を見にいくためにチェルノブイリに行った。
そしてチェルノブイリで差別なく子供たちを育てたおばはんたちに抱きしめられて、大丈夫よ大丈夫よ、と言われて何度も涙を流したそうだ。
ちゃんと検査をして食べ物と水に気をつけること、ストレスの悪循環を絶つこと。

カタリベ、高村美春の名刺にはロシア語で名前が表記してある。
チェルノブイリ博物館にはもうフクシマのモニュメントができているそうだ。ヒロシマと並んで。

世界はフクシマを慈しんでいる。この列島の住民もフクシマへの想像力を失ってはならない。

そしてカタリベとチェルノブイリに同行した佐藤健太さん。「負けねど飯館!!」常任理事。
彼は飯館村の自宅の線量測定結果をチェルノブイリの科学者に提示して見解を聞いた。結果は残念であった。そしてベラルーシの古老と自らの身内を重ねる。


カタリベもケンタくんも明るい。その明るさがどこから来るのか、それを語るには僕はまだ役不足だ。

「市民が見たチェルノブイリ」のレポートは「人間はなんて愚かなんだろう」という言葉で終わった。

ロシアはベラルーシに新たな原発をつくろうとしている。


その夜は原ノ町駅に近いダイニングバー「だいこんや」のカウンターに行く。
ここは「みんな共和国」の企画者、つながろう南相馬!代表、プロのバーテンダーにして不屈のルアー釣師、須藤栄治さんの店だ。

店のメニューには肉料理も並んでいる。でも現在、肉食材は提供されていない。バーテンダーのこだわりがあるのだろう。

南相馬のプリンスはカウンターにこんなメッセージを置いていた。


被災地に限らず皆、日々の生活を必死に送っています。

このフレーズには救われる思いがする、というのは非被災地代表でもあるボブの発言だ。僕もまったく同感だ。
このバーテンダーは天性のプレゼンターでもあるようだ。
彼の主張もまたヒロちゃんレポート【047】対話2にくわしい。

カタリベ、ケンタ、プリンスはもの静かに語る。

JAPAN VOICES福島の声」を見てほしい。


331日朝、中山ヒロちゃんの車でまさやんとつっつんが来た。
まずは南相馬の馬追祭場へ行く。るるぷうポーズで気合いを入れる。


だが、その足下の枯葉に線量計を置くと、ぴぴぴと鳴って1マイクロシーベルトを超えていく。僕ははじめて線量計を見た。日常性の中にベクレルとシーベルトと線量計があるのが南相馬の文脈だ。


そして国道6号の封鎖線に行く。ここから南に20キロ行ったところに福島第一原発がある。僕はそこにあるものを想像しながら膨大な情報を読んできた。

「福島原発人災記」川村湊 現代書館
「世界一わかりやすい放射能の本当の話」別冊宝島編集部
「原発のウソ」小出裕明 扶桑社新書
「原発社会からの離脱」宮台真司×飯田哲也 講談社現代新書
「原発に頼らない社会へ」田中優 ランダムハウスジャパン
「福島の原発事故をめぐって」山本義隆 みすず書房
「津波と原発」佐野眞一 講談社
「『フクシマ』論 原子力ムラはなぜ生まれたのか」開沼博 青土社
「プロメテウスの罠」朝日新聞特別報道部 学研パブリッシング
「内部被曝の真実」児玉龍彦 幻冬舎新書

最後の本は南相馬市立図書館の貸し出しランキング2位だ。


これらの情報を頭に詰め込んで20キロの現場に行った。
やっぱりここが気になるので南相馬を出る日の朝もまた封鎖線に行ってしまった。
現在、20キロの警戒区域は解除になっているので、この風景はない。


まず検問バリケードがある。そこからカメラを90度振るとのどかな田園風景が拡がる。国道に直角に交わる川沿いを犬が散歩している。封鎖線に繋がる歩道にはカタリベの「花と希望を育てる会」が植えた花が咲いている。原発から20キロの日常がそこにある。



ということでようやくメインイベントの「たこ焼き」風景までたどりついた。(笑w)

「みんな共和国」は子供たちのためのイベントだ。子供たちは遊び、笑い、食べる。
大阪が誇るタコヤキストまさやんの真骨頂が発揮されるのだ。



タコヤキのコンテキストはコミュニケーションツールとしてある。しゃべりながら笑いながら焼きながらコミュニケーションしていくまさやんの周りに子供たちが集まってくる。


笑顔は世界共通のコミュニケーションだ。
タコヤキは世界屈指のマキコミュニケーションだ。
ヤキこむことで周りをマキこんでいく。ヤキコミュニケーションとも言える。


ヤキコミュニケーションの実現のために中山ヒロちゃんには絶妙な配慮をしていただいた。タコを会場近くの食料品店で仕入れるとき、タコはすでにたこ焼きサイズに切られていたのですね。その他にもきめ細かいお心遣い、本当にありがとうございました。


そしてヒロちゃんの縁脈炸裂はまだまだ続きがある。
この日の朝、深夜バスで大阪から福島に到着して、タコヤキコミュニケーションとプレゼンをこなしたまさやんはそのまま福島からの深夜バスで大阪に帰るべく旅立った。

彼を見送ってから、僕たちは南相馬除染研究所に向かった。

ヒロちゃんの手配でその例会の出席者名簿には僕とボブの名前が掲載されていた。この二人の場違い感は否めなかったが。
ここにも代表理事の高橋享平先生をはじめとするサムライたちがいた。

サムライたちの中でもひときわ眉毛が濃いのは専務局理事の箱崎亮三さん、ハコさんだ。箱崎林業の常務取締役にしてNPO法人実践まちづくりの理事長でもある。
彼のおとな大学でのプレゼンも現場の重みがあった。


ハコさんは「南相馬再生の考え方」として以下のように主張する。
我々は前例のない事態に取り組んでいる。南相馬には全世界が注目している。最先端の除染モデルは、今後、南相馬から世界に向けて発信されるのだ。311前にあたりまえであった世界に戻ることはもうできない。我々は311を超える「新しいあたりまえ」をつくっていかねばならない。そのためには、このひょっこりひょうたん島=日本列島がオール・ジャパンで取り組むべきだ。

新しいあたりまえ。ポスト311の日常性を語るとき、この言葉を想い浮かべるようにしよう。

非被災地にいる僕たちも「新しいあたりまえ」を想像しながら日常をおくりたい。
自分の現場で草刈りをしているとき、犬の散歩をしているとき、川に竿を出すとき、そこに目には見えないが生命とは相容れないものがあったとしたら、それをどう克服して「新しいあたりまえ」を創造するのか考え続けたい。


そして南相馬の長い一日は終わった。
41日、僕はボブと別れて東松島の根古仮設住宅に向かう。

先日のメリープロジェクトでお世話になった皆さんに、写真の紙焼きと311特別番組のDVDを届けるためだ。
もちろん郵便でもかまわなかったのだろう。でも僕は自治会長さんに「また来ます」と言ってしまった。それがどうした、と言われたらそれまでだが。

南相馬から6号線を北上してきた僕は東松島に着いたら、なんだかほっとしてしまった。
仮設住宅の談話室のテレビで楽天イーグルスを応援している皆さんとお茶菓子をいただきながら2時間以上、居座ってしまった。

東北新社「ニッポンの笑顔」特番をいっしょに見ているうちに話はやっぱり311体験になる。客人の僕を意識されたのかもしれない。

海から川を津波に乗って逆流して橋桁につかまったが、腕力が続かず手を離した。流れに下手に抵抗して体力を消耗したら死ぬと思った。1年近くたっても思いがけないところで遺体が見つかる。骨だけになっているが。南相馬馬追の馬を育てていた。馬術の先生をしていたので。津波で田んぼも牧場もなにもかもすべて流されてしまった。この前、日本農業新聞が来てインタビューされたが、写真を何枚も撮られて時間がかかって寒すぎた。

この日、僕は東松島では写真を1枚も撮っていない。身内の家に行ったような気分だったのだろう。

この日の東松島はまだ寒かった。ときどき吹雪いていた。
それでも僕はわざわざお見送りにきてくれた自治会長の奥さんに「春は来ますよ、春はもうすぐそこまで来ていますよ」と言って別れた。仙台の珈琲までお土産にいただいて。

さらに北上して、その日の泊まりは石巻にした。ここはまた東松島とは文脈がちがう。
なんだかビジネスマンが多い気がする。居酒屋でも「環境省が」的会話が聞こえてくる。

4月2日の朝、石巻市内を歩く。
石巻に来た目的のひとつはZENKON湯を見つけることだった。
香川県の有志たちが311直後に建築した善根の風呂。泥に埋まって風呂がなかった石巻に丸亀市から木の香りがするオリジナル・ユニット風呂を運んだ。延々とトラックの運転をして志を運んだ。


そこに1台のカメラがあった。泥まみれのペンタックス。
先日、このZENKON湯を建設した小豆島の井上タダヒロに聞いたところ、このカメラは、建設地点そばの溝から発見されてその時からここにあるそうだ。
311からの1年間を泥だらけの目で見続けてきたのだろう。竿にさりげなく掛けられつづけているカメラが善根の志をつないでいるのかもしれない。



さてどうしようか。僕は考えていた。この日の仙台空港発伊丹行き最終便に乗らなければいけない。決めた。とにかく行けるところまでさらに北上してみよう。

まずは大川小学校を目指す。津波直後の混沌が話題になったところだ。新北上大橋のたもとにその小学校はある。風景は荒涼としている。祭壇は花で埋まっている。


どうやらここは観光地になっているようだ。陸前高田市長、戸羽太氏が言うように観光でもいいから被災地を見るべきだ、という意見に僕も賛成だ。今日も大川小学校にはたくさんの人が訪れていることだろう。

ただ観光にも想像力を持ってほしい。今、自分が立っているこの土の下にたくさんの命が埋まっていたのかもしれない、ということを想いながら見てほしい。


大川小学校の崩れた壁には宮澤賢治がいた。

「世界が全体に幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」
東北の小学生たちが想像した世界全体幸福を創造できる日はいつになるのだろうか。


大川小学校から南三陸に向けてさらに海岸線を北上する。
廃車の山、廃墟、それが日常の風景になってくる。

もうすこし走ればZENKON湯が最初に行った歌津だということは分かっていたが、その手前の志津川で力尽きた。

もう帰ろう。気仙沼と陸前高田には心を残しておこう。


「みんな共和国」は、ゴールデン・ウィークにも南相馬で建国中だ。


今、この瞬間にもまたボブ・マーリーは流れているだろうか。



ONE  LOVE
One Love! One Heart!
Let's get together and feel all right.

「愛はひとつ、ひとつの想いやねん。協創すればええねん」


想像力を創造力に転化するターニングポイント、今が時だ。


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