2020年9月25日金曜日

本の文脈は果てしない

結局のところ、書くことしか能がない。 というのが68歳にして、人生初入院〈8月25日~9月9日〉をしたときの気づきでした。ならば、日々のフェイスブックでの情報発信に加えて、まとまったものを書いていきたい。

書くことと本を出すことはちがう行為です。58歳で電通を早期退職してから6冊の本と関わってきました。本の出し方は分かりました。つまりそのハードルと跳び越え方も。ひとり出版には時間が掛かることも事実なのです。

まずは、田中文脈研究所に回帰することにしましょう。僕のベース基地でありストックヤード。

かつては月一更新を遵守していたこともあったのだけど……。しかしながら、縛りはやめます。精神力は年を取らなくても体力は確実に落ちていく。それも入院でのラーニングでした。

書くという行為は、キーボードを移動する指たちの運動量だけではありません。確かな身体能力を要求されるものです。衰えていく体力を使って書いたものは、然るべき場所に納めていくことにしました。

以下はNPO法人「本の学校」生涯読書をすすめる会の機関紙「Book&Life」第42号に寄稿した拙文です。お題は「特集・紙上トークⅡ!私のおすすめの一冊」。発行は2020年6月25日。

「本の学校」は鳥取県米子市をベースにしたNPOであり、今井書店のリアル本屋にして研修施設です。

『はてしない物語』

(ミヒャエル・エンデ/上田真而子・佐藤真理子訳/岩波書店/1982年)

『はてしない物語(上下)』(岩波少年文庫/2000年)

 田中文夫(田中文脈研究所・コンテキスター)


その国、ファンタージエンは「虚無」に覆われようとしていた。2020年、COVID-19という名の感染症が蔓延した地球国と同じように。

ファンタージエンを救ったのは「新しい名前」をもたらした人間の子供だった。「バスチアン・バルタザール・ブックス」。Bookという名を包含した少年。

少年がファンタージエンにエントリーするための入口は「あかがね色の絹で装丁された1冊の本」だった。扉にはお互いの尾を噛む二尾の蛇がからみあっていた。


「はてしない物語」はバスチアンと「緑の肌族」の少年、アトレーユを盟友にする。アトレーユはバスチアンを導き、本の中のファンタージエンに招き入れた。読者は登場人物となった。そして幼い女王に「月の子(モンデンキント)」という名前を与える。名前という言葉が世界を救った。

「虚無」は消え去った。だが、ファンタージエンで虚無に呑み込まれた人々は帰らない。彼らは地球国で転生して「虚偽(いつわり)」となった。人々の欲望を刺激する「虚偽(いつわり)」は伝染力を持って地球国を支配するという。COVID-19は「虚偽(いつわり)」の感染症だ。ウィルスを持っているのに症状が出ない。この厄介な現象はファンタージエンの「虚無」によって生じたのかもしれない。というような妄想を抱いてしまいそうだ。

「虚無」が身を変えた「虚偽(いつわり)」にまみれた政治家が支配する列島の国がある。その不幸は「別の物語、いつかまた別のときにはなすことにしよう」。

岩波少年文庫版では、バスチアンがファンタージエンに入った先の物語は下巻となる。エンデの意思によりドイツ語原書そっくりにつくられた「あかがね色装丁本」では現実世界の赤文字は消えて緑文字ばかりになっていく。

バスチアンは自分の言葉により新たな国をつくりだす。彷徨していく。女王から全権を委任されたと思い込んだ地球国の少年は、物語の国の独裁者になりつつあった。言葉に酔ったのだ。権力は権力にすり寄る者を生む。へつらいの言葉が権力を増長させ分断を促す。バスチアンは盟友を疑い、アトレーユの胸に剣を刺した。

言葉は国を救うこともあれば人を惑わすこともある。本は言葉の塊だ。人は本によって真実の自分を発見する。そこには人それぞれのネバーエンディングストーリーがあるはずだ。

BookはLifeを支える。「本の学校」はBookLifeの砦である。その入口にある地域のブランドショップ〝SHIMATORI〟のレジカウンターには「あかがね色の絹で装丁された本」があった。

2019年8月27日撮影

この冊子の表紙には「心をつなぐ本の力」という趣旨説明文が掲載されていました。

好評だった前号に続き、“私のおすすめの1冊”第2弾をお届けします。新型コロナ禍によるきびしい自粛生活の中で、今、読書をする人がふえているようです。このような時だからこそ、読んだ本について伝えあい勧めあって、離れていても心はしっかりつながっていたいという思いで企画しました。私たちの呼びかけに応えて、各方面から多くの方々が原稿を寄せてくださいました。深くお礼申し上げます。本号を手に取ってくださる皆様と本を介した“新しい形の交流”が生まれることを願っています。ぜひご意見・ご感想などをお寄せください。

「本の学校」生涯読書をすすめる会 代表 足立茂美

“新しい(本の)形の交流”は確かに生まれている気がします。

たとえば、上田京子さん(春月会代表)のおすすめは圧巻の二作品。どちらもCOVID-19が蔓延する世界に深い示唆を与えてくれるものです。


『銃・病原菌・鉄』上下巻(ジャレド・ダイアモンド/草思社/2000年)

『鹿の王』上下巻(上橋菜穂子/角川書店/2015年)


二作品ともタイトルは知っていましたが、読んだことはなかったのです。どちらも大部の本。まず『鹿の王』を一気読みしました。ファンタジーというのは子供でも大人でも読者を選びません。物語の力に引き込まれていくのは気持ちのいいことでした。

「(そうだ。……あの男はもう独角(どっかく)じゃない」
〈おわり〉の近くに置かれた言葉はイントロに掲げられた「我が槍は光る枝角、恐れを知らぬ不羈の角」に対峙していました。ひとりではなくなること。物語の最後に家族を得ること。病原菌を引き連れて前に進むこと。

それから『銃・病原菌・鉄』にチャレンジ。こちらは物語とはちがって読むのに時間がかかりました。なにしろ「1万3000年にわたる人類史の謎」を記述しているのですから。
「1万3000年にわたる人類史を400頁(原書)でカバーしようとすれば、1頁あたりに各大陸ののべ150年分の歴史を詰め込む計算になる」と著者自身が述べています。

こちらは、箕面図書館で単行本を借りたのですが、思い直して電子版で熟読しました。ハイライトとメモだらけになります。

ウイルスとは何者なのか? 人類史とともにあり、人に近い動物のそばにいたもの。
ウイルスはどこから来てどこへ行くのか? 人の細胞から来て、次の人の細胞に行くもの。
ウイルスは何を問うているのか? 何も問うてはいない。彼らの目的は自己増殖のみ。

「ウイルス考」はまた別の話にしましょう。この半年間で見聞したことはコンテキスターとして、いつかは書いてみたいと思っています。

ちなみに上田京子さんの文章は、以下のように始まっています。
新型コロナウイルスが世界的に猛威をふるい、感染予防のため制限されていた日常生活が元にもどりつつある。しかし先は長いと思われる。
日本の行政トップの指導力はともあれ、私達の鳥取県は医療・産業・文化政策面でみても、日本で最も安全な地域の一つだと実感している。
2020年9月25日現在、日本の感染者数は8万713人。死者は1537人。
鳥取県の感染者数は36人。死者は0人。

COVID-19と向き合うためには、社会的、経済的、文化的、政治的に全方位を見ることが必要なのでしょう。
「Book&Life」はA4版わずか29頁の小冊子。それでも、ここには本を推進エンジンにした鳥取県(米子市)の全方位的市民力が確かに結集していました。

「本の学校」の源流にいたのが、今井書店グループを長い間、牽引していた永井伸和さん。もちろん、この冊子にも投稿されています。


永井伸和さんの原稿に触発されて読んだのが『品格なくして地域なし』(晶文社)。
アンソロジーのうち、津野海太郎の〈「本の学校」に失われた私塾の伝統を見た~米子・今井書店の百二十年〉が素晴らしい。僕が断片的に知っていたことに一本、筋が通りました。
COVID-19により、なかなか米子まで足が延びなくなっていますが、永井伸和さんと親しくおつきあいさせていただいていることを誇りに思います。


いやはや、まったくもって、本の文脈は果てしないのです。

2020年1月31日撮影(米子にて)




2020年7月9日木曜日

十年はるかな昔

2010年6月30日に電通関西支社を早期退職した。クリエーティブ・ディレクターというものをやっていた。58歳。心はふわふわと宙に浮かんだ。
送別会でiPhone4を背負わされた。これからは「コンテキスター」(造語)としてコンテキスト(文脈)をつないで情報発信したい。そんなミッション・ステートメントをしていたので部員たちがプレゼントしてくれた。


十年はひと昔ではなく、はるかな昔のような感覚になっている。
世界は変わった。あっ、この表現は3・11直後によく使っていた。
2011年3月11日以降、浮かんでいた心は彷徨い始めた。
極私彷徨を続けて8年、その半分、4年の歳月をかけて2019年3月13日、『コンテキスター見聞記~半農半Xから国つ神へ』という本を自費出版して、心と身体は着地したつもりだった。

ところが。2020年、うるう年の2月29日の頃から、また世界は変わってしまった。
自然環境から引き出されたといわれる「新型コロナウイルス」(SARS-CoV-2)によるパンデミックが全世界を覆う。
そのウイルスによる感染症はCOVID-19とネーミングされた。
COは「corona」、VIは「virus」、Dは「disease」、19は感染者が報告された2019年。



5月31日に開催予定だった「第十一回全国まこもサミット@出雲」の中止を実行委員会として決定したのは3月31日。
2年越しで目標としていた出雲での全国まこもサミットが開催できていたら、コンテキスター稼業も少しは楽な方へ変わったかもしれない。
でも世の中の方が「新しい生活様式」というもので変わってしまった。
関係性の距離感が一変した。


半農半X研究所主任研究員と田中文脈研究所コンテキスター・フミメイを併記した名刺を持ち始めたのは2013年の6月だった。以来、この名刺でどれだけの縁脈をつないできたことか。Xとはクロス、関係性のことでもある。

CoV-2と「ともに生きる」、その関係性をどのようにヴァージョン・アップしていくのか、世界中で科学者と表現者が模索をしている。まだ先は見えない。世界の感染者数は1200万人に達した。死者は54万人。7月9日現在、パンデミックは続いている。

イタリアの作家、パオロ・ジョルダーノは『コロナの時代の僕ら』というコロナ文学の先駆けとなったであろう本で「感染症とは僕らのさまざまな関係を侵す病だ」と喝破した。
「ある種の状況下ではあきらめることが唯一の勇気ある選択だ」とも述べている。
そして、「コロナウィルスが過ぎたあとも、僕が忘れたくないこと」のリストをつくり始めた。
僕たちは今、地球規模の病気にかかっている最中であり、パンデミックが僕らの文明をレントゲンにかけているところだ。数々の真実が浮かび上がりつつあるが、そのいずれも流行の終焉とともに消えてなくなることだろう。もしも、僕らが今すぐそれを記憶に留めぬ限りは。 
僕は忘れたくない。今回のパンデミックのそもそもの原因が秘密の軍事実験などではなく、自然と環境に対する人間の危うい接し方、森林破壊、僕らの軽率な消費行動にこそあることを。
『コロナの時代の僕ら』(パオロ・ジョルダーノ)

先が見えないときは見えている過去を振り返ろう。
十年、何をしてきたのか。走り続けた。見て聞いて書いた。
十年で6冊の本と関わった。結局のところ、大学生の頃に所属していた「出版事業研究会」でやり遺したことを36年の電通生活を経て、実行に移したということだったのか。

『愛だ!上山棚田団~限界集落なんて言わせない!』(協創LLP出版プロジェクト)
2011年6月25日。発行/吉備人出版。
『上山集楽物語~限界集落を超えて』(英田上山棚田団出版プロジェクトチーム)
2013年12月24日。発行/吉備人出版。


この2冊はプロジェクトメンバーとして関わった。
最初の本が2012年、第25回ブックインとっとり地方出版文化功労賞奨励賞を受賞したことにより、僕の出版縁脈は一気に拡がっていく。
岡山の美作上山、すなわち山陽から「山の陰」山陰に活動拠点を移していくきっかけともなった。
山陰の知の地域づくりネットワーク、今井書店とのつながりは、僕の(ひとり)出版プロジェクトを支えてくれた。

『消えた街』
2015年3月26日。発行/田中文脈研究所、発売/今井出版。
1945年8月15日に消えた「満洲國」を舞台にした家族小説。自費出版。


『出雲國まこも風土記』
2016年10月1日。発行/里山笑学校、発売/今井出版。
島根の半農半Xを取材しているうちに出雲國風土記にも登場する植物、まこもについて書いてくれませんか、と依頼された。久々のクライアント仕事。


『コンテキスター見聞記~半農半Xから国つ神へ』
2019年3月13日。発行/田中文脈研究所、発売/ボイジャープレス。
2015年から島根県の全県取材を始めた。志の高い半農半X者を描くルポルタージュがメインコンテンツ、のつもりだったが、結果的には「出過ぎた自分史」になった。
2010年から8年間の見聞記。この本に書いたことは本稿では繰り返さない。
立ち読み版のQRコードはこちら。よろしければ、著者直販でお願いします。

『新・出雲國まこも風土記~人とまこものケミストリー』
2020年3月13日。発行/里山暮らし研究所、発売/今井出版。
『出雲國まこも風土記』はおかげさまで好評だった。紙本は2000部印刷したが、完売。
Amazonの古書市場では8千円になっている。お求めは電子書籍で。
版元に増刷を呼びかけたところ、続篇を発注された。書いているうちに、「続」ではなく「新」と名づけたくなる。まこもに関する総合的な博物誌は今のところ本書以外にはない。
残念なのは、全国まこもサミットが開催できなかったこと。本書はリアルイベントで完結するはずだったのに。まだ円は閉じていない。


書くという行為は頭だけでは完結しない。一次資料を探して、先人の知を読んで、現場に行き、取材をする。ときには現場で農的作業をしてから書く。指はキーボードを叩き、掌はマウスを保持する。指の移動距離だって相当なものになるのだ。
十年間で愛車の走行距離は20万キロ、地球5周分を走った。そろそろフミメイ号もリタイヤの時期が来ている。


6冊の本と関わる間にiPhoneは6台目となった。



6月29日、歯医者に行った。また歯を一本失うことになる。この十年で何本、歯を失ったことか。
でも、文化を失うよりはましだ。

「私は彼らを見棄てはしません」とドイツの文化メディア担当相、モニカ・グリュッタース氏は言った。
「文化は時代が好調な時にだけ許される贅沢品ではない。それを欠く生活がいかに味気ないかを、私たちは今、目のあたりにしている」
これは2020年3月11日付、ドイツ政府広報での発言である。
COVID-19による私権の制限要請を出さざるを得なかったドイツ。メルケル首相は政府を挙げて文化を含む生活の救済措置を実行した。



一方、同じく第二次世界大戦で敗戦した列島の国では、自己責任である自粛、補償されない休業が要請された。
同調圧力の嵐。国民に寄りそわない「虚無」の言葉を発する宰相。責任はあるけど取らない態度を固持している。
この国では図書館も映画も演劇もライブコンサートも、文化の血流を止められてしまった。不要不急なものとされてしまった。
徐々に再開しつつあるものの、一度、止められたものを復活するのは容易なことではない。
文化が、どのような情況においても「生きるために必要不可欠なもの」とされている国と「欲しがりません、勝つまでは」というスローガンがまかりとおっていた国では、社会的共通資本としての文化の厚みが違ってくると思われる。


西欧の社会保障、生活保障の中には、きわめて当たり前に「文化へのアクセス権」が含まれている。(中略)公立の劇場や美術館には、学生割引や高齢者割引、障害者割引があるのと同様に、当然のように「失業者割引」が存在する。低所得者向けの文化プログラムを持っている施設も多数ある。
   『下り坂をそろそろと下りる』(平田オリザ)

文化というものは適度な距離感をもった寛容な関係性に支えられているのかもしれない。ところが、世界は「社会的距離」により制約をかけられてしまった。適度な距離感には密着も含まれている。本来、関係性の距離は個々人の多様な判断にゆだねられるべきなのだろう。
文化とは何か? たとえば祭り。究極の密着。
文化とは何か? たとえば町の本屋。本と人の出会いを支える毛細血管。
文化とは何か? たとえば映画。『ニューシネマパラダイス』。時代を共有する映画館。ちなみにイタリアでなぜあれほど感染が拡がったのか、今、観たらよく分かる。


僕の脱藩十周年は動きを止める年となった。夏越の祓という折り返しを過ぎても先行きは不透明だ。COVID-19は「虚偽(いつわり)」の感染症。ウイルスを持っているのに症状が出ないことがある。自分が「サイレント・キャリア」かもしれないという不安から、誰も逃れられない。まことに厄介なことである。

それでも、やっぱり十年は区切りだと思う。コロナ禍があってもなくても、僕も次の十年への道筋を考えるときに来ている。
まずは、原点に戻ってみよう。2010年6月30日のミッションシート。



自分の生活をOUTDOORとINDOORに分割しているのが、幼い感じがする。十年経った今なら、ふたつの文脈は融合しているのがよく分かってきた。
外で身体が動かなくなったら、内で頭脳もよく回らなくなる。
外で動き続けた方が頭脳にもよいことは分かっているが、思うように動けなくなる。
それはCOVID-19のこともあるが、純粋に老体になっているという冷厳な事実とも向き合わないとおかしなことになる。
衰えている。あきらかに。あたりまえに。
なにしろ10年間、キーボードと対峙しつつ鍬と鎌と刈払機と9メートルの鮎竿を持ち続けてきたのだから。右足はフミメイ号のアクセルとブレーキを踏み続けた。


歳を重ねるという現象は0歳児から100歳まで、平等に確実に生じてくる。
僕よりも三歳年上の団塊世代は、一生、三歳年上で、その関係性は変わることはない。
ミッションシートの中で「調理師免許取得」というのは大嘘だったとしても、他のことは、まあそこそこに、というところだろうか。
ただし、「ラスト・オキュパイド・チルドレン」“Last Occupied Children”という世代論は、まだ文脈研究が終了していない。
これは一生かかると思われる。「最後の占領された子供たち」としての後始末をして逝けたらいいのだけど、こればかりは分からない。



原点をチェックしたら「老境の後退戦」(内田樹)において「下り坂をそろそろと下る」(平田オリザ)ための方法論を考えておこう。

「もはや、自分は成長せず長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ」

これは平田オリザさんが「あたらしい〈この国のかたち〉」を描くときに、「がっきと受け止めねばならない三つの寂しさ」について示したことの応用である。


一つは、日本は、もはや工業立国ではないということ。もう一つは、もはや、この国は、成長はせず、長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ。そして最後の一つは、日本という国は、もはやアジア唯一の先進国ではないということ。 
『下り坂をそろそろと下る』(平田オリザ)

68歳を過ぎても、まだ心身が成長するという現実はないとしても、ときどきは成長幻想にとらわれることもある。だから、ときどき山の神に「あんた、いくつだと思ってるの」と問い詰められる。
下り坂は寂しい。だから国も人も虚勢を張りたくなるときがあるのだろう。
夕暮れの寂しさに歯を歯を食いしばりながら、「明日は晴れか」と小さく呟き、今日も、この坂を下りていこう。(前掲書結語)  
次の十年、といっても十年残されているのかどうかの保証はないが。
下り坂を下るときに足をくじかないためのネガティブ・チェックだけはしておきたい。
ここは、脱藩以来、ずっと敬愛してきた内田樹先生に寄りそって。
(承前)いや、申し訳ないけど60歳過ぎてから市民的成熟を遂げることは不可能です。悪いけど。大人になる人はもうとっくに大人になってます。その年まで大人になれなかった人は正直に言って、外側は老人で中味はガキという「老いた幼児」になるしかない。同世代の老人たちを見ても、いろいろ苦労を経て、人間に深みが出てきたなと感服することって、ほとんどないですから。 
『サル化する世界』(内田樹)
内田先生は1950年生まれ。1949年までに生まれた団塊世代を観察したうえでの言葉だと思われる。
僕は、もう何にもなれないとしても「老いた幼児」としての不機嫌な老人にだけはなりたくない。


どうやら次の十年は「気まずい共存」となりそうである。
老いていく心身との「気まずい共存」。
虚無化していく政治的文脈との「気まずい共存」。
そして、新型コロナウイルスとの「気まずい共存」。
せめて機嫌よく、そろそろとオロオロと下り坂を下りていこう。

自粛ではなく、まずは自分を律し自分で立って、自律して自立した十年間が遅れますように。これは大地に戸籍をもつ神々、国つ神にお願いするしかないかな。



2020年、コロナ禍の父の日には家族を背負うTシャツをプレゼントされた。いやその、家族に背負われる日が来るのも近いはずなんだけど。


書き始めると、やっぱり、ロングエントリーになってしまいます。
読んでくれて、ありがとうございます!

十年目の田中文脈研究所、新たなスタートです。

2019年12月31日火曜日

光陰の記

光には陰がある。山にも陰がある。相も変わらず「山の陰」通いをしていくうちに、2019年も過ぎ去ろうとしている。光陰を追いかける殿(しんがり)には、今年、何を見て聞いたのか、書いておきたい。

出雲の銘酒・玉櫻

自分はつくづく《書きスケ》だと思う。《呑みスケ》でもあるけれど。この言葉は内田樹先生からの受け売り。言い得て妙である。
思えば、一年間ずっと書いていた。正月3日から『コンテキスター見聞記~半農半Xから国つ神へ~』の最終校正に掛かる。67歳の誕生日、2019年3月13日に発行できた。
紙本と電子版の同時発売。出版社はボイジャー。電子出版には四半世紀以上前から取り組んでいた。先駆けである。
2015年から書き続けた「国つ神と半農半X」という島根県全県取材ルポルタージュを出版するためにあれこれ考えた末に、ボイジャーの萩野正昭さんにお願いした。取材者との約束を果たすためには、これ以上、発行を遅らせたくない。なによりも自分が早く楽になりたい。自費出版しかない。

萩野正昭さん、南青山にて。

紙本は限定500部。300部を自宅に届けてもらう。A5版355頁、500グラムの重さ。うちは古いマンションの4階でエレベータはない。佐川急便の若者は息も絶え絶えになった。オロナミンCを2本あげた。


それから大晦日の今日にいたるまで著者直販のお願いを続けている。拙著をお買い上げいただいたみなさま、ありがとうございます!

野間の大ケヤキと
粟嶋神社の巨石と

そうなのだ。大晦日なのだ。田中文脈研究所の文脈レポートは一年に一回になってしまった。タイムラインを整理する。本人の感覚では、今年は「戦線を縮小」したつもりだった。なにしろ、2月25日には『新・出雲國まこも風土記』を書き始めて、大胆にも2019年中に出版する、とか言っていた。
ところがなんのその。意外に相変わらず動いていた。その詳細を書くと、年を越す。
まずは、できなくなったことから書いてみよう。

8年間、続けてきた米つくりができなくなった。狭い(猫の眉間くらい)田んぼとはいえ、肥料農薬除草剤を使わない、基本的に手植え、暑熱で草取り、ハデ干しという米つくりは、もう限界だった。僕の道楽につきあって田んぼを貸してくれる地主さんもいなくなった。
孫一家には、ずっとうちの米を供給していた。今さら「じじの米はもうない」とは言えなくなる。しかも9月には、もう一人、孫が田中家デビューした。どげするだ?

9月25日少女S誕生

出雲の仲間から買い求めよう。出雲イセヒカリ会、会長の坂本美由紀さんにお願いした。やっぱりイセヒカリは旨い。しかも硬質米の性格が少し柔らかくなってきたようだ。僕は讃岐うどん育ちなので、コシのある米の方が好きだが、伊勢うどん好みの人にも扱いやすい米になってきたのかもしれない。


鮎釣りができなくなった。今年はさらに釣行回数が少なくなって年に三日しか竿を出さなかった。37年鮎釣りをやってきて最小記録更新。


まあ、一応、近くの料亭で龍神鮎を綺麗に焼いてもらって、山の神と(なかよく)食べることはできたのですが。
僕は早起きが苦手になってきた。早起きできない釣師は形容矛盾だ。そろそろ釣師も返上した方がいいのかもしれない。
僕は睡眠時間が長い。「あんたは時間の使い方が下手だ」というのが山の神が僕を評する基本タームである。でもね、睡眠は執筆の母なのです。毎晩、夢を見て目覚めた瞬間に言葉が降りてくることが多いので。


そして、いなくなった人たちもいる。個人的文脈では佐賀のおばさん。大連からの引揚者で、僕にとっては大事な人だった。7月27日、享年97歳。


9月10日。丸亀高校の後輩が永眠。1969年に初めて会ったとき、16歳の女学生は「わたし星飛雄子(ほしひゆうこ)」と言った。素敵な女性だった。享年66歳。


この国の政治的文脈にとって大きな損失となったのが木内みどりさん。
11月18日。享年69歳。電通でともに働いた四國光さんの心の支えだった。光さんは四國五郎さんのご子息。「祈るだけでは平和は来ない」という父上の言葉に、忠実にしたがっている。ひたすら悲しい。


東京には年に一回しか行かなくなった、と年末に投稿したが、嘘だった。
1月31日に行っていた。ボイジャー主催の「ジョン・オークス講演会」。


『ベストセラーはもういらない~ニューヨーク生まれ 返品ゼロの出版社』(泰隆司/ボイジャー/2018年12月18日)は名著だ。ニューヨークで返本ゼロの出版社を実現したORブックスのジョン・オークスは講演を以下の言葉で締めた。
“The business of books is supported by human relationship.”
コンテキスターが意訳するなら「本は関係性の塊だ」。
そのとおりだと思う。ジョンは著者と読者の間はできるだけシンプルなものがいいと説いたが、その究極のカタチは自費出版だ。いわば、本の「自産自商」。野菜の「自産自消」に加えて本のそれをやり続けていたら、大晦日はあっというまに来てしまった。


萩野正昭さんは2019年2月10日に『これからの本の話をしよう』(晶文社)という本を出した。その広告が3月23日の図書新聞に掲載される。なんと、萩野さんの本と『ベストセラーはもういらない』と並んで『コンテキスター見聞記~半農半Xから国つ神へ』が広告されていた。光栄であります。本の自産自商を後押ししてくれた。


11月26日、朝日新聞に萩野さんを取材した記事が掲載された。
タイトルは「だれでも作家 地獄の予兆」。執筆した記者は天下御免の日田支局長、近藤康太郎さん。「アロハで田植え」、現在は「アロハで漁師」の彼である。
記事の結語を引用してみる。
紙の本が人間社会にもたらしたものは「読者の誕生」だった。識字率の向上と、それで可能になった工場、軍隊、学校は、資本主義、国家、近代的個人を生んだ。
一方、ネットや電子書籍などは、人間に何をもたらすのか。それは「書き手の誕生」だろう。
だれでも書き手になれる時代は、マスメディアなど必要としない時代でもある。「既存の大メディアはフェイクばかり」。トランプ大統領ばりの主張は一定程度、説得力をもって受け止められる。なにせその傍証の書き手はネットで“無限”に見つかるのだから。
「だれでも作家になれるデジタルの福音は、悪貨が良貨を駆逐する地獄の予兆でもある。想像もできないノイジーな世界を、我々は覚悟しなければならない」
朝日新聞デジタルはこちら。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14272079.html?iref=pc_ss_date

そうか、デジタル出版は(すべて)悪貨なのか、と首をかしげる。どんな社会、組織、国家にもいい人と悪い人がいる。安倍政権には悪人しかいないけど。
僕は「電子出版は出版界の農地解放だ」という萩野さんの言葉を信じている。
自費出版者にとってデジタルは強い味方だ。旧弊で馬鹿でかい出版システムをがらがら回さなくても、本というものを出版できることができる。
解放された農地でどんな作物をつくるのかは、個々の百姓の志の問題だ。化学肥料と農薬と除草剤をぶちまけて米をつくっても旨くない。ましてや遺伝子組み換えのような地獄の米は孫に食べさせたくない。デジタルの福音を地獄にするのも天国にするのも、個々の作家の志で、読者のリテラシーがそれを支えるのじゃないかな。


拙著は電子本だけでなく紙本も出した。それは取材対象者との約束遵守ということもあった。自産自商あるいは持参自商において、紙本を買ってくれた人には電子版を無料でさしあげている。「理想書店」というボイジャーのサイバー書店においても同様だ。
僕の編集者が素敵な特集ページをつくってくれた。
https://store.voyager.co.jp/special/contexter


書店は理想だけでは動かない。けれども理想のない書店は、ときとしてヘイト本の陳列棚になったりする。今年は隆祥館書店との出会いもあった。大阪谷町六丁目の「13坪の奇跡の本屋」さん。


店長の二村知子さんと立ち話するのは活字中毒者にとって至福の時間だった。百田本は置かない。取次の理不尽な見計らい配本の実情を世に知らしめた。
ついに七年もの継続を許してしまった安倍晋三に対するカウンター本の発信基地でもある。

二村店長は内田樹さんと親しい。拙著には内田先生の著作から多くの引用をさせていただいた。憧れの内田先生に拙著を献本できたのも店長とつながりができたからだった。


来年もまだまだ著者直販すなわち自産自商は継続します。ご理解のほど、よろしく。
そのためにも、今年いちばんの「自産自商」トークのことを書いておきたい。

5月11日、難波神社。「大阪ぐりぐりマルシェ」に出店。関西の農的生活の元締、空庭みよこさんからお誘いをいただいた。英田上山棚田団の長老会、原田ボブ、いのっち、やっしーも手伝ってくれる。本を買ってくれた人にはキンカントマトの苗をおまけしちゃおう、という大胆な企画だった。


「自産自消」トークを聞きに来てくれた聴衆のなかに「50年ぶりの人」がいた。香川県立坂出中学校の同級生。いやはや。まさに「本は関係性」の塊である。


難波神社の国つ神、クスノキさんもびっくり。


実は、空庭さんのおかげで、5月4日、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんに拙著を買っていただいた。梅田大丸百貨店にて開催された「れいわはじマルシェ」での出来事。ヒラクさんの新刊『日本発酵紀行』にサインをもらうとき、なにげなく話したら、すぐに手に取ってくれた。取材ものという共通点があったからと思われるが、喜びが醸された。

空庭みよこさん
小倉ヒラクさん

さてはて、そろそろ今年も終わり。先を急ごう。
今年もやっぱり半径300キロの行動をしていた。いつ地元に帰るのか、という質問も受けるが、困ったことに僕の地元はあちこちにある。
まずは、同級生が来てくれた坂出について。
坂出の家はミッションを完了した。売りに出すことにした。仏壇は性根抜きをした。


この家には、貴重なまこも関係の書籍と資料があった。うちの風呂はマコモ風呂だったのか。

小豆島の家について。ここも地元といえる。息子たちとの相談の結果、もう少し家を持続しようということになった。昨年、帰天した母の散骨をする。それが一周忌。持続するためには草を刈る必要がある。なにしろ村いちばんの土地持ち、つまり草刈場持ち。ご丁寧なことに、田舎の人は除草剤を撒いてくれる。親切心なのか?
看板を立てた。草刈りのモチベーションが上がる。子供たちに昔ながらの夏休みを味あわせてやりたい。


2019年の松江はホーランエンヤの年だった。40年近く、松江に通っていたのに観たことがなかったのが恥ずかしかった。5月26日、今でも「♪ホーランエンヤ~」の掛け声と踊る子供たちが目に浮かぶ。10年後は、どうなっているのか分からないもんね、と松江のおばちゃんたちと話した。野津旅館の特等席から眺めた。


そして「出雲國まこもの会」の仲閒たち。野津健司さんと多久和厚さん。もはや盟友と言っても過言ではない。今年のマコモタケは始まりが遅く終わりが早かったが、味はとても甘かった。


さらにスペシャルサンクスは米子と松江をベースとする「山の陰」の知的ベースライン、今井書店さん。若き社長、島秀佳さんと「ブックインとっとり」「宇沢弘文フォーラム」の提唱者、永井伸和さんには、本当にお世話になっている。今井書店松江センター店で拙著が平積みになっていたのには、野津旅館関係者も喜んでくれた。


第32回ブックインとっとりには、拙著もエントリーされていた。素直に嬉しかった。


2019年のラストシーンまで、あと1時間半。
で、極めて短絡的にサマリーするとしたら、結局、今年も僕はまこもさんとずっと一緒にいたような気がする。なにしろマイファームを卒業して新しく借りた畑には、まこもが守り神のようになっている。なんとマコモタケも収穫できた。


2019年大晦日、フミが池農園。この畑を教えてくれた野津旅館の関係者とうちのまこもさんの祈念写真。来年はいい年になりますように。


来年、68歳の誕生日、3月13日までには『新・出雲國まこも風土記~人とまこものケミストリー』を出版できる。


どうやらコンテキスターの「ひとり出版プロジェクト」は、まだ続いているようで……。
みなさん、今年もいっぱいお世話になりました。新年もよろしく。だんだんねー!